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「高槻4.0」の一翼を担う槻友会

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会長 子安 増生(21期)

 この度、沼野正義16代会長の後を受けて17代会長に就任することになりました、21期生の子安増生(こやすますお)です。2018年11月発行の『槻友会 五十年のあゆみ』を拝読し、諸先輩方のご尽力により発展してきた槻友会にあらためて思いを致し、身の引き締まる思いでおります。同期で副会長の安藤潤氏と丸岡博史氏の協力を得つつ、槻友会の皆様、工藤剛校長はじめ高槻中学・高校の先生方、保護者の皆様、そして理事会の先生方のご支援を得て進めてまいりたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 私は、1969年、大学紛争で東京大学の入試が実施されないなど日本中が騒然たる雰囲気の中で京都大学教育学部に進学し、同大学院を経て、愛知教育大学の助手・助教授、京都大学教育学部助教授、同大学院教育学研究科教授を歴任し、2016年に定年退職後は甲南大学文学部特任教授を務めております。専門は心理学で、特に発達心理学の研究をしてまいりました。その専門性を買っていただき、高槻高校のスーパーサイエンスハイスクールとスーパーグローバルハイスクールの運営指導委員を依頼され、また卒業生講話の講師などもお引き受けしてきたものの、同窓会活動はすっかりさぼっておりましたので、そのような私がいきなり槻友会の会長に就任するのは僭越至極とは存じておりますが、稻田增光15代会長の心のこもったご説得により、お引き受けすることにした次第です。

 私は今「高槻4.0」ということを考えています。1940年の創立が高槻1.0、第二次世界大戦が終わり新制の高槻中学・高校が発足した1948年が高槻2.0、パリでのいわゆるカルチェラタン騒擾に端を発する世界的規模の学園紛争が始まり、奇遇にも同時期に槻友会が発足した1968年が高槻3.0、そこからはかなり間があきますが、大阪医科大学との法人合併と共学化を定めた2014年が高槻4.0の始まりです。立派な校舎への建て替えを含め、高槻4.0を推進してこられた岩井一前校長をはじめ、関係の皆様方には心より敬意と感謝の念を表します。

 新築の校舎の素晴らしさは随所に感じられますが、圧巻はオックスフォード大学のボドリアン図書館を強く意識したとされる新図書館です。私は、客員研究員として都合1年あまり、オックスフォード大学実験心理学部に滞在しましたので、最初に新図書館を拝見した時は万感胸に迫る思いでした。現在オックスフォード大学は世界でも五指に数えられるトップ校ですが、実は停滞期もありました。18世紀の中頃、後の経済学者のアダム・スミス青年は、スコットランドのグラスゴー大学を出てからイングランドのオックスフォード大学に進んだのですが、酒を飲んでばかりで学問をないがしろにする雰囲気に憤慨して退学し、スコットランドに戻ってエディンバラ大学に転進しました。その後のイギリス産業革命は、勤勉で実直なスコットランドの人びとの活躍が大きかったと言われています。

 高槻4.0は、ロケット・スタートを切ったといえますが、それに安住しているわけにはいきません。高槻中学・高校の場に関わるみんなで支え、更なる発展を目指していくことが切に望まれます。槻友会が引き続きその一翼をしっかり担っていけるように、私も尽力していきたいと存じております。重ねてどうぞよろしくお願い申し上げます。

(2019年4月)