土佐紀行 白井 俊和さん(19期)

紀貫之が西暦935年に55日間の「土佐日記」を遺したが、吾人は、たった5日間の「土佐紀行」を記してみようと思う。

5月22日から26日まで、高知市を起点、高知県南西部、四国最南端の足摺岬をユーターン地点として、中型バスで往復した。
参加者は15人、男性の最高齢は87歳、大学合同同窓会有志による年一回の国内旅行である。
幹事は、訪問地域出身の卒業生で、今回は土佐高校卒業生であった。
出身者と言えども、現在居住している訳でもなく、ルートの事前の下見のご苦労がある。感謝せねばならない。
そして、人生をより長く生きて来られた諸先輩の姿から自ら学ばせて頂くことが少なからずある。

吾人にとっての旅の楽しみは、人々との温かい交流、感動的な珍しい風景、美味しい料理、そして肌を撫でる爽やかな風が吹き渡る露天風呂である。

初日には、3人の地元の方々との印象深いコンタクトがあった。
一人目は、高知大学の学生、日曜市で販売ボランティアをしていた。
英語の名札を付けていたので、いくつかの外国語で語りかけたところ、英語とインドネシア語に反応を示した。小生はジャカルタ駐在は4年弱だが、彼は、1カ月弱の経験しか無いとのことであった。大学の或る科目の現地実習で訪れたとのことであった。インドネシアの美味しいローカルフードのことで話が弾んだ。
二人目は、高知城の初老の男性のボランティアガイド。お互い生きて来たフィールドは全く異なっていたが、夫々の経験・知識分野で啓発・刺激し合うことが出来た。面白かった。
三人目は、有名なフードコート“ひろめ市場”近くの路上の長椅子に腰かけていた74歳のご婦人。
75歳まで勤務可能な職場だとか。未婚の息子さんの食生活の話題に興味をひかれた。米飯の代わりにリンゴを主食として摂るそうな。リンゴは確かに“医者要らず”と言われるので、理にかなっているのであろうかと、思う。

桂浜、坂本龍馬記念館、五台山、(日本三大鍾乳洞のひとつ)龍河洞、(海岸である)ヤ・シーパーク、(追手門と天守閣が視覚的に近く一緒に見られる)高知城、入野松原、(建物の1階から64段下って海の底のフロアーに至り、丸窓から自然の魚を観察する)足摺海底館、(台風銀座であり、南方にある浄土へ渡るという「補陀洛信仰」の舞台であり、中世には紀伊の那智勝浦と並ぶ、(南方浄土信仰の)「補陀落渡海」の船の有名な出発地であった。田宮虎彦の小説「足摺岬」はこうした歴史を背景とした作品である。この小説をきっかけに、自殺が急増した時期があり「ちょっと待て、もう少し考えよ」という自殺防止用の看板が立てられた、“自殺”でも有名な)足摺岬、(14歳で漁に出て、シケで鳥島に漂着した後、米国の捕鯨船に救われ、数奇な運命を辿った)中浜万次郎の記念館等を訪れた。

上記の訪問先で特に印象深かったいくつかにつき、書いてみよう。

(1) 高知城
追手門と遠くの天守閣がまとまって見られるわが国唯一の画面。 

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(2) 桂浜・坂本龍馬記念館
暗殺の部屋が再現されていた。屏風などに血痕があるとの説明文があったが、分からなかった。

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(3) 龍河洞
下から上に上って行くのだが、結構高低差あり、整備された金属製階段の助けがあるとはいえ、高齢者にはしんどいルートである。太った人が通過するのに苦労するような狭い通路もあったが、数か所にSOS電話やカメラが設置されており、安全面は充分だと思った。弥生時代制作の壷が鍾乳石に取り囲まれた“神の壷”もルートの最後に見ることが出来た。

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(4) 足摺岬
生憎横殴りの雨に煙っていたが、ロケット状の白い灯台と、それよりも高い電波塔を目睹することが出来た。そして、その下に望まれる、断崖絶壁、確かに飛び込みたくなるやも知れない。

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(5) 中浜万次郎記念館
ジョン万次郎を記念した建物である。米国に渡った後、鎖国中の日本に帰りつくのに苦労した末、武士として取りたてられ、幕府にも重用され、その後も教授などとして、国家に役立った。

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ところで、料理である。
先ずは、カツオの叩き。藁で焼いて、においを移し、熱い間に食す。これがベストなんだそうな。
確かに生温かいものは、今ひとつ、それなら、ギンギンに冷やして、ニンニク・ミョウガ・ネギをまぶし、ポン酢か或いは塩ダレ+塩で食すのがよいようだ。
次に四万十川鰻。全くの天然モノの入手は年を追って難しくなり、近年は、四万十川の稚魚を自然に近い形で養殖したモノが料理屋で供されていることが多いようだ。
あとは、清水サバなど。 

高知は南海トラフが暴れる時期が近付いていて、物騒な印象を与えているが、山の緑と海岸と清らかな河川と温泉と食が魅力的な地であり、偉人を輩出している。また、訪れたい地の一つである。

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