吾人にとっての故郷(ふるさと) 白井 俊和さん(19期)

吾人には、3つの故郷がある、と申せましょう。

即ち、下記ですね

1.“兵庫県:宝塚市小浜”、吾人が誕生し、高校まで生活した地です。
2.“東京都:国立市+新宿区諏訪町+文京区本郷+世田谷区等々力”:予備校・大学・会社生活の地です。
3.“マレーシア・サンダカン、インドネシア・ジャカルタ”:駐在地です。

詳しくは、

1.“小浜”から推測される通り、平安時代は瀬戸内海が入り込む浜だったそうです。9世紀に国府が置かれ、売布神社が創設された。
  そして、時代を経て、東西南北、川や土塁に守られ防御性を高めた“城塞寺内町となった。

小生の記憶の中で、楽しかったこと、面白かったこと。

だんじり、神社の庭のグミの味、どんど、神社の裏板に描けなかった初恋の相手と相合傘の図、チャンバラ合戦、ももチャンとのお医者さんごっこ、隣のお兄ちゃんから見せられた飾りつき短刀、同じお兄ちゃんから貰った焼きトウモロコシ、ビー玉遊び、宝塚市内での自転車に依る散策・・・。

2.国立市:お茶ノ水の予備校時代に下宿。西日のきつい部屋であったが、屋上で洗濯物を干す快適感と下宿のオーナーの配慮に感謝する。そして、銭湯で聞いた、ジュークボックスの懐かしい音楽とエネルギー源となっていたトンカツ屋(仕送り金到着の日にはロースとフィレの両方を注文していた)。

  諏訪町:以前は廓だったらしい。中庭を囲んで“口”の構造で、賄いは無かった。そこで、世間的には遅手ながら、某女性と心身の付き合いがあった。言うならば、“神田川”の世界かな?

  本 郷:年取ったお婆さんがオーナーの下宿。午後10時までに帰らないとロックされるので大変困った。

  等々力:丸紅の等々力寮。直属の上司と当時は部長で最終は社長になられた、龍野さんから是非にと薦められ(各部門の人間と知り合えるゆえ)等々力寮に入った。結果はグッド! 様々な人達と知りあえたし、有難くも、今も縁が続いている。この7月に北海道で再会することが決まっている。

3.サンダカン:結婚して間もなく、サンダカン駐在。赴任の約1カ月前にトップ政治家が飛行機事故で死亡、との情報あり、こりゃトンデモナイ国に行くのだ、と覚悟。当時は6ヶ月間は妻は呼べなかったので、月3万円くらいの国際電話料。生活がシンプル過ぎて、3日・3週間・3ヶ月・3年で飽きたのだが、結局は確か3年9ヶ月駐在。でも、今思えば、パラダイスであった。

  ジャカルタ:長期間になった広島駐在の時に、海外駐在を希望申請。有難くも、インドネシア駐在となった。南方については、小生ハリマオの世代ゆえ、マレーシアに続き、望むところ、欣喜雀躍の気分で赴任。駐在中、命の危険を感じる業務(荒天でのヘリコプター搭乗・スピードボート乗船、ポンポン船への乗船など)もありましたが、平生は、パラダイス。自然とゴルフと美味しい食事と、そして、最も大事な、“地元の人達との温かい交流”。

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