高倉健、任侠の男! ~白井 俊和さん(19期)

 小生にとって銀幕のスターと言えば、何と言っても『高倉健、任侠の男!』。

 さて、高倉健主演の映画を見た男どもは、映画館を出る時にはみんな“高倉健”になっていたという伝説がある。さもありなん!

 さて、さて、記憶に深く残る“銀幕のスター”は数人いるが、ここでは、敢えて高倉健を選びたい。理由は、最近永眠したばかりだから想い出し易いということもあるが、“任侠の男”というのが小生には最大の魅力なのだ。“自らの為というよりは自分以外の存在の為に命を掛けて戦う”という姿勢に感銘を受ける!

 先ず、肉体が、そして、面構えが良い。自らが信じる“正義”の為に戦う存在であることを表わしている。鋼のような肉体と強い眼力、これだけで参ってしまう。痺れてしまうノダ! その上、発する言葉は短いが、そこには“言霊”が宿る。言い換えれば、それはまさに“魂言(小生の造語)”である。命が籠っている。

 さて、さて、さて、彼の生きて来た道を辿ってみようか。

Vin 茶家OMOTE 数年前、知人の案内で鎌倉を巡った時に廻った途上の穴倉の中に、“送主 高倉健” とハッキリ書かれた卒塔婆を見つけて驚いた。彼自身は福岡県出身だが、先祖の筋等で鎌倉にも大いに関係があったようなのだ。
その折、女優・白都真理が経営するレストランを訪れた。喫茶・ワイン・食事の店で、店名は“Vin 茶家 OMOTE”(添付写真参照)。場所は小町3-4-1、ひょっとしたら、原節子の家も近くでは?

 高倉健は福岡県の炭鉱街生まれ、川筋もん(気性が荒い)と共に成長。身長180cm、体重70kgくらい、文化功労者・文化勲章受章(辞退した賞もいくつかあり)など多数の賞を受けた。2014年満83歳で永眠。

 俳優座研究所では「他の人の邪魔になるから、見学していて下さい!」と監督から言われるような、“落ちこぼれ”であった。・・・ノーベル賞受賞者の山中先生が若い時に“じゃまなか”と言われていたことを連想する。

 彼は、自らに厳しい人物、酒を呑まず、筋力トレーニングに励む。鍛えられた肉体の背筋をピンと伸ばし、寡黙であり、不条理な仕打ちに耐え、弁解をせずに筋を通し、ついには、正しい復讐を果たす。

 出演作品のうち最近の記憶に鮮やかなものを挙げると、「あなたへ」、「ぽっぽや」、「あ・うん」、「居酒屋兆治」、「四十七人の刺客」、「単騎・千里を走る」、「ほたる」、「ブラックレイン」、「南極物語」、「野性の証明」、「新幹線大爆発」、「駅」、「八甲田山」、「幸福の黄色いハンカチ」、「昭和残侠伝」、「網走番外地」、「日本侠客伝」、「ゴルゴ13」、・・・。

 中国でも有名で、しかも尊敬される。北京電影学院の客員教授にもなった。彼の逝去時には、中国外交部報道局の報道官は、「高倉先生は中国人民誰もが知る芸術家であり、中日の文化交流に重要かつ積極的に貢献した。我々は哀悼の意を表す。」と発表した。“感じやすい心”を保つために、読書、刀剣美術品鑑賞、映画音楽鑑賞など、心の琴線に触れるものに留意し、海外にも求める。

 感動した言葉を記したものを持ち歩き、洗面所などにも貼り付けているという。最近結婚を発表したタレントの千原ジュニアが、著作の中で“トイレは(考える・思想の)宇宙”と語っているのに通じる。実は、我が茅屋の御不浄も、小生にとっては想念する小宇宙空間であり、様々なメモや地球から178億キロ先を遠くに向かって飛翔しているボイジャー1号から送られてきた地球の写真等が貼られている。そこには、様々なジャンルの本がうず高く積まれており、時に、任侠の男、高倉健を想う空間ともなる。


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塔婆をよく見ると俳優「高倉健」さんの名前が…

なぜ!?

高倉健さんは本名を小田剛一(おだごういち)さんといい、福岡県中間(なかま)市の出身。

鎌倉攻めで自刃した北条一族のひとり「苅田式部太夫篤時〔北条篤時〕」が健さんのご先祖様で、篤時は子供を岡山経由で北九州に逃した。

その子孫が後世、筑前(現・福岡)で両替商を営む小田家となり、それが健さんの実家なのだという。

健さんが腹切りやぐらに塔婆(宝戒寺には供物)を供えるのはご先祖様のご供養だった。


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健さんのご先祖様「苅田式部太夫篤時〔北条篤時〕」を遡ると…

鎌倉幕府二代執権・北条義時〔政子の実弟〕の三男・重時という極楽時流北条氏※の始祖。
※北条氏内部では得宗家〔本家〕に次いで家格が高かった。

極楽寺流北条氏系図のように、重時の6人の息子が6つの流派に分かれる。

そのうち苅田流の始祖・為時は重時の長男だが、幼少期に疱瘡を患い、精神疾患の後遺症が残ったことが原因で(!?)廃嫡になってしまう。

そこで次男の長時〔六代執権〕が嫡男になり、以後赤橋流が嫡家を継承する。長時の曾孫・守時は十六代執権〔鎌倉幕府最後の執権〕となる。


白井 俊和(19期・1967年卒) -2015/12/21掲載-

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