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京都大学医学部医学科へ進学された方々へ

私、長谷川 豊は、槻高・昭和28年卒(第5期)、京大医学部医学科へ進学した最初の槻高出身者です。そういう立場から、僭越ながら、「槻友会ホームページ」の「地域・職域・大学等」部門に「京大医学部医学科進学者ページ」を開設することを提案させていただきます。

 私が考えておりますこの「ページ」の目的は、「京大医学部医学科に進学、卒業し、いろいろな分野で活躍されているできるだけ多くの方々の活動状況その他を掲載して、槻高に在学中の後輩の大学進学にあたっての参考にしてもらう。」ことです。

 この「ページ」の目的、利用、活用方法等につきまして、忌憚無きご意見をよろしくお願いいたします。

 今回、この「ページ」開設最初の試みとして、憚りながら、私の活動の記録の一端を、下記のように、在学中の後輩に披露し、何かの参考になればと願っております。

 京大医学部医学科を卒業し、活躍されているできるだけ多くの皆様方のこの「ページ」へのご投稿をお願い申し上げます。ご投稿は、私のメールアドレス(hasegaw@sutv.zaq.ne.jp)に添付ファイルでご送付お願いいたします。

高槻高校に在学中の皆さんへ;槻高・昭和28年卒(第5期)長谷川 豊より

 「槻友会ホームページ」のこの「ページ」の目的は、槻高出身で、京大医学部医学科に進学、卒業したあなた方の先輩の活動状況を紹介して、あなた方の進学に当たっての参考にしてもらうことです。

 今回、槻高出身で、最初に京大医学部医学科に進学(昭和28年)、卒業した、私、長谷川 豊の活動の一端をご紹介します。あなた方の進学に当たって何かの参考になれば幸いです。

 私は、実は、強度遠視で、細かいものがよく見えなかったため、病理学など顕微鏡を使う部門の成績が大変悪く、余り細かいものを見なくて済む「公衆衛生学・予防医学」分野に進むことにしました。そして、医学部卒業後、先ず、地域の公衆衛生問題を勉強するため、大阪府衛生部に就職し、保健所に勤務しました。3年後、当時の大阪府知事の発案で、若手職員3人を6か月間、海外研修に派遣することになり、衛生部から私が選ばれ、当時、大阪で悪化していた大気汚染の健康影響をテーマとして、英国と米国で見学や研修を受けました。数年後、厚生省(現、厚生労働省)に現在の環境省の前身である「公害対策部」が出来て、大気汚染を勉強していたということで、厚生省へ異動することになりました。

 その後、厚生省から独立した環境庁(環境省の前身)に移り、更に数年後、WHO(世界保健機関)の環境保健部に環境汚染対策課が出来て、“公害先進国”の日本から専門職を採用したいという話が来て、私がWHO本部(スイス・ジュネーブ)へ赴任することになりました。WHO本部で、40歳から50歳まで10年間、世界の環境汚染対策の立案業務に従事しました。

 WHO勤務後、厚生省(現、厚生労働省)に戻り、日本政府の国際協力機関である国際協力機構(JICA; 当時は国際協力事業団という名称)の医療協力部長に任命され、開発途上国との医療協力の仕事に、2年間従事しました。

 その後、原爆被爆者の健康問題を研究している日米共同研究機関;放射線影響研究所(広島、長崎)に、8年間、日本側の管理者として勤務しました。

 更に、その後、栃木県にメインキャンパスがある国際医療福祉大学の大学院教授兼国際交流センター長として10年間勤務、その間の2年3カ月、大学がJICAの依頼で担当した「ケニア医療プロジェクト」のチームリーダーとしてケニアに滞在しました。

 以上のように、私は、医学部卒業者としては余り一般的でない「国際保健医療協力」の分野で仕事をしてきましたので、後輩諸君でこのような分野に興味がある人は、色々詳しい情報を持っていますから、私にメール(hasegaw@sutv.zaq.ne.jp)で尋ねてください。